記事のアーカイブ

テスト2

2015年04月06日 20:43
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テスト

2015年04月06日 20:40
テスト

2015年イースター礼拝の様子

2015年04月06日 20:25
今年のイースター礼拝は、4月5日に無事行いました。 今年はマーブル柄のイースターエッグを飾り、 愛餐会には中華ちまきを頂きました。   教会員手作りのイースターエッグ!木に飾ったり・・・   生け花の足元にあしらったり。終わった後参加者の皆さんに持ち帰っていただきました。   全体の様子はこんな感じです。   礼拝後の愛餐会。中華ちまきがメインの、色とりどりの昼食を頂きました。

イエスは誰か

2015年04月05日 10:30
教会の暦は「復活節」と呼ばれる時節を迎えた。きょうはこの時節を迎えることの意義を考えたい。 復活節を迎えた最初の人々はどういう時としていたか。それは、十字架にて抹消されたイエスはいかなる方であったのか、これを解釈する時であった。 福音書にこういう物語伝承がある。それはイエスをキリストと証言した最初の人であるバプテスマのヨハネが獄中からイエスに問いを送った物語伝承。彼の問いは「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」というものであった。 この問いに対するイエスの答えは「目の見えない人が見えるようになり、足の不自由な人が歩けるようになり、重い皮膚病にある人が

マルコの福音書から(12) 4章1~9 〈多くの収穫〉

2015年03月20日 10:35
   種を蒔く人が畑に種を蒔いた。種の中に畑ではない所に蒔かれたものがあった。ある種は道端に、ある種は石だらけで土の少ない所に、ある種は茨の生えている所に。これらの種は単数形であるから、3粒がムダになったということになる。   これ以外の種は耕された畑に蒔かれた。この種はあるものは30倍、あるものは60倍、あるものは100倍の収穫になった。この種は複数形であるから、蒔かれた種は多くの収穫を得ることになったということになる。   この「譬え話」はムダになったのはたったの3粒、その他の種はすべて収穫に至ったという話しである。この「譬え話」には楽観的な調子が溢れている。この「譬え

復活日(イースター)礼拝のご案内

2015年03月10日 10:32
復活日(イースター)礼拝は4月5日(日)10:30からです。 その後、愛餐会を予定しています。 どなたでもご参加ください。

受難節

2015年03月10日 10:31
今年の受難節は2月18日から4月4日までです。 礼拝では、イエス・キリストの受難を改めて覚え、その意味するところを考えることとし、マルコによる福音書の受難物語を読んでいます。

福音の香り

2015年03月08日 10:30
  私は『時の徴』の編集同人の一人であるが、その代表であった井上良雄が頑として譲らなかった主張を忘れることができない。それは方法が目的にふさわしいものであること。井上の文章に「犬と呼ばれた警官の問題」がある。そこにはこうある。 或る協議会で九州大学の滝沢克己教授がこういう話をした。三井三池争議の渦中で組合員たちから「犬」と罵倒された警官が「犬にも言わせてほしい」という文章を書いた。これを読んだ滝沢教授は朝日新聞に投書して、これについての労働組合の釈明を求めた。しかし、それはなかった。 この協議会に出席していた井上は次のような発言を聞く。「滝沢教授の取った態度はキリスト者の良心的態度と

マルコの福音書から(11) 3章31~35 〈居場所〉

2015年02月20日 18:27
                   イエスの家族がやって来てイエスを呼び戻そうとした。イエスはこれを拒み、自分の家族は今ここに居る者たちであると言われた。    きょうの物語のテーマは「家族」に関するもの言ってよいと思う。 わたくしはこの「家族」を「居場所」という言葉に置き換えて考えてみたいと思う。   当時、人々の居場所は流動化していたようだ。人々の居場所は通常はまず家族である。しかし、家族が居場所として機能しない状況が生じていたようである。   福音書において登場する人々、イエスに関わり合う人々、この人々の中で家が居場所となっていない人々がかなりいるようだ。

罪について

2015年02月01日 10:30
  キリスト教会は聖書における重要なテーマである「罪」について知っておく必要があるかと思います。 聖書では「罪」は「罪過」として登場、過ぎ去った過去における罪として。人はこの罪過の「負い目」に苦しむことがあります。人は過去にもどれません。負い目を負ったとき、その罪責を認め謝罪するほかありません。この「負い目」の問題はこれ自体重要な事柄であり、機会を改めることにします。 聖書では「罪」は今日の問題として登場し「罪の力」として働いているとしています。この「罪の力」について私達は聖書に即して把握する必要があります。     聖書では「神ではないものが神として支配している事態」、ここに「罪の
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