記事のアーカイブ

偽 神

2014年06月01日 10:30
   教会は「イエスは人間を罪から贖うキリストである」と告白。この教会の告白は「贖う」という奴隷が解放され自由とされるときに用いる用語で罪からの解放自由がイエスによってなされたと説明。では「罪からの解放自由」の「罪」とはいかなる罪か。この最も肝心な点に関しこれまでの教会の説明は聖書に即していると言い得るか、これが問題である。  聖書の言う人の罪は「偽神崇拝」。神 ならぬ者・物が人を支配している事態。この地上に苦しみがなくならない苦を生産し続けている因をたどればそこに偽神が立っている。この偽神の支配を容認していること、この偽神の支配に無関心であること、この偽神の支配に加担していること、

教会の宣教

2014年05月04日 10:30
教会に委託されていることは福音の宣べ伝えである。福音とは喜びの知らせ。教会は喜びを宣べ伝える。新約聖書の福音書にしるされているイエスのもたらした喜びは何であったか。 一つは「癒し」である。教会がイエスの教会であるとき教会には「癒し」が委託されていると自己を理解する。イエスの教会は「癒し」がおこなわれるよう懸命になる。イエスの教会に集う者たちは互いに「癒し」をおこなう。その意味で互いに医師に成り合う。 新約聖書の福音書によればイエスのもたらした喜びのいま一つは「共なる食事」である。教会がイエスの教会であるとき教会には「共なる食事」が委託されていると自己を理解する。イエスの教会は「共なる食事」がお

イースター記念礼拝より

2014年04月20日 18:00
今日はイースター記念礼拝でした。 本物の卵を使った、手作りのイースターエッグにみんなで飾りを描きこみ、礼拝堂を飾りました。     ちょうど100歳のお誕生日を迎えられた会員のために、他のメンバーが100の形をしたケーキを焼いてきてくれました! 愛餐会の後、参加者でおいしくいただきました。

復活節に

2014年04月06日 10:30
4月は教会の暦では復活節を迎える。新約聖書の四福音書にはイエス復活物語があるがその描写は多様である。  マルコ福音書では墓は空であり、復活のイエスに会うにはガリラヤに行くように告げられ、墓においては復活のイエスに会うことはできない。この福音書の使信は、ガリラヤにおいてイエスの活動にあずかり共にする、そのとき復活の活けるイエスに出会うことになる。   マタイ福音書では復活のイエスは山上において権能を授ける。その権能はキリスト告白のペトロに授けられた天の国の門を開けることのできる鍵のこと。具体的には聖書の意味するところを解き明かす権能のこと。この福音書の使信は、この授けられた

受難節に

2014年03月02日 10:30
3月は教会の暦では受難節を迎える。新約聖書の福音書の受難物語にはナザレのイエスを排除しようとする者たちが次から次へと登場する。  ...

個人主義

2014年02月02日 10:30
聖書の世界とはいかなる世界か。特徴の一つは固有名の世界にあると言えそうだ。聖書の始まりにそれがあらわれている。神が一人の者に苦役にうめく者たちをそこから脱出せしめよと命じたときその神は「ヤハウエ」、命令を受けた者は「モーセ」。登場した神も人間も固有名の存在。ただ単に神なのではなく、ただ単に人間なのではない。言い換えると、「神」なる概念でくくっていない、また「人間」なる概念でくくっていない。多くの神々がいるが「ヤハウエ」はたった独りしかいない。人間は多くいるが「モーセ」はたった独りしかいない。  ...
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