「食べ物」

2018年09月10日 09:46

1章29~30

「神は言われた。『見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。』そのようになった。」

 

ここで、再びゲルハルト・リートケの『生態学的破局とキリスト教』(原題は『魚の腹の中で』)の述べているところを紹介する。

 

創世記1章29~30の記述の動機意図は抗争調整としての食べ物の割り当てにある。1章30記述はこうなっている。人には「種をつける草と樹」、人以外の生きものには「緑の草」。原初史物語がここで語っていることは、「食べ物の割り当て」ということが人に委ねられたことであるということ、言い換えれば、抗争の調整が人に委ねられたことであるということ、神が全ての生きものに与えた「産めよ、増えよ、満ちよ。」のために配慮することが人に委ねられたことであるということ。

 

創世記の原初史物語がこのように食べ物についての割り当てをしるす動機意図は、人と人の他の生きものとの間に平和的共存とそれが続くことがなければならない、という認識にあることを示している。

 

このリートケの述べるところは適切であるとおもわれる。

 

創世記の原初史物語の言う、神は人に人の他の生きものを支配することを委ねた、この「支配」の意味するところは、「食べ物の割り当て」をすること、「抗争の調整」をすること、平和的共存と平和的存続を求めること、こう解してよいとおもわれる。

 

原初史物語の作者は、神は天と地の創造の六日目にこのような配慮を内容とする支配を人に委ねたと語った後に、「神による良し」を語る。

 

1章31

「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。」

 

ここにしるされた「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった」の「極めて良かった」は、これまで語られ続けてきている「神による良し」を総括する「良し」である。これは神の創造した世界に対する神による全面肯定の宣言として読むことができる。

 

この神による全面肯定の宣言は、しかし、原初史物語作者の歴史状況を考えると、「抵抗宣言」であったのではないか。原初史物語作者の今の状況はバビロン捕囚、これは神の創造した世界が否定されている状況である。

原初史物語作者がここで示している「神による良し」、すなわち神の創造した世界に対する神による全面肯定の宣言は、今の否定状況をふまえたうえで、これにおしつぶされない、めげないでゆこうとする「抵抗宣言」であったのではないか。

 

この「抵抗宣言」を生むのは希望の信仰である。原初史物語作者が証言する神による全面肯定の宣言は、「終わりの時」に神が為される事を先取りする希望の信仰の宣言であったと言ってよいのではないか。

 

 

ここで原初史物語における「神の良し」について考えておきたいことがある。

 

わたくしはすでにこんなことを述べた。聖書には神の救済に二つある。ひとつは「アブラハム契約」にみられるもので、神の救済は「解放の出来事において」起こるという形をとるところに特徴がある。いまひとつは「ノア契約」にみられるもので、神の救済は「全ての生命の保全において」起こるという形をとるところに特徴がある。

 

創世記1章にしるされた物語であるが、これは神の救済の「ノア契約」に示されている形、すなわち「全ての生命の保全において」という形、これに関わる物語であると言ってよいのではないか。

 

原初史物語作者の「神は創造した全てのものを良しとされた」この語りは、神の救済は「全ての生命の保全において」という形をとるということがあるということ、それを示したものではないかとおもわれる。

 

神の救済は「全ての生命の保全において」という形、すなわち、神の創造した生きものの新生・繁殖・回復という持続的な形態を取る。

 

神の創造した世界は人によって破滅せしめられるが、しかし、神の創造した生きものは生命の新生・繁殖・回復の持続的形態において生き続ける、神による終わりの時の救済の出来事が起こるまではこの持続的形態における神の救済が存在する。創世記の原初史物語作者の語る「神による良し」は、このことを示しているのではないかとおもわれる。

 

創世記の原初史物語の作者は、神の創造した「持続的形態」を保持する責務が人には与えられていると語った。

 

今日、このメッセージに応じたのは、すでに紹介したが、神の救済の「持続的形態」が人為によって壊滅させられるその危機を覚え、『沈黙の春』をもって熱く語った米国の生物科学者レイチェル・カーソンであった。