創世記から
創世記によると、人にはしてはいけないことがある、それは〈善と悪を知る知識の木の実を食べること〉、これだけはしてはいけない。ここで何が言われているのか。
〈善と悪を知る知識〉は次の場合にだけ用いられている。国家の長の王を褒め称えるとき。〈善と悪を知る知識を持っている〉、これは国家の長を讃美するときの最高の句であった。
そうすると、創世記の言う〈善と悪を知る知識の木の実を食べてはいけない〉は、〈国家の長を讃美することはしてはいけない〉という意味となる。ここで何が言われているのか。
国家が国家の長を讃美するとき、国家には意図がある。それは国家の統合を強めるという意図。国家は国家の統合を強めるとき、国家の長を讃美する声、それが高まるよう図る。
そのとき国家に好都合になることがある。それは国家の安全が侵されそうに思えることが起こることである。
国家は国家の安全が侵されそうに思えることが起こるとき、これを国家の統合を強める好機として最大限利用する。そのとき国家は国家の長を讃美することを国民に奨励する。この奨励は国家が統合を図るときの常套手段。これまでの歴史の経過からして、これは言い過ぎではない。
わたくしの父は先の戦争で兵士として戦地においてマラリアに感染し、発熱と発作の苦痛の中で死んでいった。彼の死は戦争の被害者の死であると同時に加害者の死であるわけだが、この彼の死は国家の統合に組み込まれたがゆえの死であった。国家の統合にこのような個人の悲劇が起こる。これを忘却し去ってはならない。
創世記は〈善と悪を知る知識の木の実を食べること〉を人に禁じられた、ただ一つのことであるとしたが、ここには洞察があった。国家が国家の長を褒め称え讃美することを始めたとき、国家による統合が押し進められ、その国家の統合が個人に悲劇を強いる、それを洞察した。創世記から学ぶべきものは実に多くある。