危ない!
政府は「テロ準備罪」を取り締まる法を制定しようとしている。関心をもって購読の新聞を読んでいるのだが、全く解せない。
かつてこの国には「治安維持法」なるものがあった。これも「テロ準備罪」を取り締まる法であった。この法が制定されたその時点ではこの法が適用されることなく問題が感ぜられなかったのだが、数年後時局が変わる中でこの法が適用され、無実の者が拷問の末死に至らしめられた。中野の隣の杉並の住民であった文学者小林多喜二はまさにそれであった。
政府が制定しようとしている「テロ準備罪」を取り締まる法は制定された時点でただちに適用されることはなく問題が感ぜられないであろうが、時局が変わる中であの小林多喜二の拷問死が再び起こされることになるのではないか。この法はあの「治安維持法」と同じ経路を辿るのではないか。
人の命の殺傷をしても自分の主張を通す「テロ」、これが起らないようにするにはどうすればよいか。
「テロ」にはこれが生じる構造がある。多数者が多数で押し切ることを続けていると、押し切られる少数者から反抗が起る。ここに「テロ」が起こる構造がある。この構造を放置しているかぎり「テロ」は起こる。
「テロ」が起こらないようにするにはこの「構造」をできうるかぎり無くす、すなわち少数者の主張が深く受容され検討される状況をつくる。おそらくこれが「テロ」が起らないようにするたった一つの方法であると思う。
政府は「テロ準備罪」を取り締まる法を制定しようとしている。これは「テロ」が起る構造をさらに強化する。というのは「テロ」が起る構造の多数者が多数をもって少数者を押し切ってゆくことをさらに強化するからである。
政府がしようとていることは、あの「治安維持法」の時代にもどさせようとすることではないのか。〈危ない!〉と言うほかない。